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ギヨーム・デュファイ Guillaume Dufay(ベルギー ブリュッセル近郊 1397年8月5日 - 1474年11月27日)
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中世からルネサンスへの転換を図った音楽史上における非常に偉大な作曲家。曲はシンプルで聞きやすく分かりやすく、初めて聴いてすぐに気に入ったほどである。
ギヨーム・デュファイのミサ曲
- ミサ「目を覚ましなさい」 (Missa Resvellies vous):3声のミサ曲。ミサ・シネ・ノミネとして知られる。Missa Sancti Jacobiとともに、1440年以前に作曲された中世的性格の強い初期の作品である。
- 聖ヤコブのミサ曲 (Missa Sancti Jacobi):3声と4声。
- ミサ「Missa Sancti Anthonii Vienensis」(デュファイの遺言書にある。トレント写本中にあるミサ曲であると言われている。)
- パドヴァの聖アントニウスのミサ曲 (Missa Sancti Anthonii de Padua):トレント写本中にあるミサ曲で、最近になってデュファイの作品と同定され、演奏や録音が行われるようになった美しいミサ曲である。
- ミサ「ス・ラ・ファス・エ・パル」(Missa Se la face ay pale):(私の顔が青ざめているのは)デュファイ自身の作曲によるシャンソン「Se la face ay pale」を定旋律にした4声の循環ミサ曲の代表作。世俗曲を定旋律にした循環ミサ曲としては、最古のもの。1450年頃、サヴォワのシャーロッテとフランスのドーフィン・ルイとの結婚式のために作曲されたと考えられる。
- ミサ「ロム・アルメ」(Missa L'homme arme):(武装した人)ルネサンス期に流行した俗謡「ロム・アルメ」を主題にした4声循環ミサ曲。
- ミサ「エッチェ・アンチルラ・ドミニ」(Missa Ecce ancilla domini):(見よ主のはしためを)深い雰囲気を持つ4声ミサ曲で、録音も多い。
- ミサ「アヴェ・レジーナ・チェロールム」(Missa Ave regina caelorum):(めでたし天の女王)デュファイ晩年の最高傑作のひとつといわれる4声ミサ曲。フランドル楽派に通じる要素が見られる。また、長調と短調の対立が見られ、近代音楽の様相さえみせる。
- なお、デュファイのものと言われていたミサ・カプト (Missa Caput) は、疑作と考えられている。
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ギョーム・デュファイ『ミサ曲 アヴェ・レジーナ・チェロールム』
Dufay / Missa Ave regina caelorum
1.イントロイトゥス:「主の霊が地のすべてに」(グレゴリオ聖歌) 3:13
2.キリエ 7:52
3.グローリア 7:11
4.アレルヤ:「来たれ精霊よ」(グレゴリオ聖歌) 2:39
5.クレド 9:40
6.オッフェルトリウム:「神よ確かなものにし給え」(グレゴリオ聖歌) 1:24
7.サンクトゥス=ベネディクトゥス 7:21
8.アニュスデイ 5:25
9.コムニオ:「突然天から」(グレゴリオ聖歌) 1:20
ドミニク・ヴェラール指揮
バーゼル・スコラ・カントルム
Guillaume Dufay (1400-1474) - Missa Ave Regina Caelorum [Dominique Vellard]
1 IntroiTus.Spiritus Domini : 3' 10
2. Kyrie eleison: 7'45"
3. Gloria in excelsis Deo : 7 '07"
4. Alleluia, VeniSancteSpiritus: 2'36
5. Credo in unum Deum : 9/37'
6. Offertorium. Confirma hoc Deus
7. Sanctus : 7 '16
8. Agnus Dei : 5' 20"
9. Communio. Factus est: 1' 14
CantArte Regensburg, Hubert Velten
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アヴェ・レジーナ・チェロールム (Ave regina caelorum) は、キリスト教聖歌のアンティフォナ。カトリック教会における伝統的な聖母賛歌の一つでもあり、日本のカトリック教会では「天の元后、天の女王」の名で親しまれてきた。「めでたし天の后」「めでたし天の女王」「幸いなるかな天の女王」とも。
西方教会のうち、カトリック教会における聖務日課の「終課」で歌われる、聖母マリアのための4つのアンティフォナの一つである。プロテスタントや、東方教会(正教会・東方諸教会)においては用いられない。
テキスト
Ave regina caelorum ave Domina angelorum salve radix salve porta ex qua mundo lux est orta Gaude virgo gloriosa super omnes speciosa vale o valde decora et pro nobis Christum exora
日本語
- サルヴェ・レジーナ (Salve regina、元后あわれみの母)
- レジーナ・チェリ(Regina coeli、天の元后、喜びたまえ)
- アヴェ・レジーナ・チェロールム(Ave Regina caelorum、天の元后、天の女王)
- アルマ・レデンプトリス・マーテル(Alma Redemptoris Mater、救い主を育てた母)
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バッハの源流への旅・その3~デュファイ「アヴェ・レジナ・チェロールム」
https://norap.seesaa.net/article/200611article_10.html
その2では、デュファイ(その他)のミサ「ロム・アルメ」について書きましたが、
今回はその続き、デュファイの最高傑作、「アヴェ・レジナ・チェロールム」についてです。
デュファイのミサ「アヴェ・レジナ・チェロールム」は、
バッハにおけるロ短調ミサのような、生涯の総決算とも言える作品です。
デュファイは、最晩年に同名のモテトゥスを作曲しましたが、
(2曲目のもの。この曲には「死にゆくデュファイを憐れみたまえ」の歌詞があり、自身へのレクイエムとも考えられています)
さらにその後、この大ミサへとふくらませたわけです。
実演を無視したかのような、破格の超大作。
声部数や拍子の徹底したシンメトリー配置、超絶対位法技法の駆使、象徴音型の使用などなど、驚くほど多くのロ短調との共通点が見られます。
というより、ロ短調の直系のルーツがここにあります。
さらに、バッハは平均律で有名ですが、デュファイは、音楽史上ほとんど初めて、長調と短調を自在にあやつった作曲家です。
(もちろん、当時は調性などありませんので、あくまでもそれは、本能的、感覚的なレヴェルで、ということですが)
最後のアニュエス・デイの途中で、それまで天国的で明るかった長調的世界に、ふうっと短調的な影がさします。
それはちょうど、前述したモテトゥスの「死にゆくデュファイを」の引用部分に他なりません。
それからゆっくりと、もとの天国的世界が取り戻され、曲が終わる。
(よくできすぎていて、時代的にあまりにもおかしいので、後世の加筆説まであるくらいです)
この曲を聴いていると、デュファイによって開拓された大ミサの世界が、バッハによって見事に完結した、という両者の位置関係を、より強く感じることができます。
この曲は、曲の重要性の割には、実際に耳にする機会がほとんど無く、これまで幻の作品と言われてきました。
(ヴェラールが、アンサンブル・ジル・バンショワ設立前に録音した、バーゼル・スコラ・カントゥルム盤が、唯一の名盤として語り継がれてきました。
わたしの愛聴盤も、このCDだけでした。)
それが、少し前、(でもないですが)
カンティカ・シンフォニアの超名演がリリースされて、長い空白を一気に埋めてくれました。
イタリアのアンサンブルには、少し時代が早いかな、とも思ったのですが、さすが、マレットとブッケ。
女声を含めた美しくも個性的な声楽アンサンブル+フィドル、トロンボーン等の器楽の伴奏付の極美の演奏です。
ところが、このCDも、例によってあっという間に店頭から姿を消してしまい、あれれ、と思っていたところ、最近になって、なんと千円ちょっとの廉価盤で、最リリースされたのです!
詳細はこちら。試聴ができます。
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1336112
・1曲目は、シャンソン「目覚めなさい。そして晴れかな顔で」
・2~6曲目は、そのシャンソンに基づく若いときのミサ
(別名ミサ「シネ・ノミネ」)
・7曲目からが、ミサ「アヴェ・レジナ・チェロールム」です。
いろいろなことをくどくどと書きましたが、理屈抜きに楽しめる、飛びぬけて美しい音楽なので、ぜひ聴いてみてください。
でも、試聴は短いので、ちょっとわかりにくいかも。残念。
さて、このCD、
上記のように、最も初期の、以前「名無しのミサ」と呼ばれていたミサと、最晩年の「アヴェ・レジナ・チェロールム」がいっしょにおさめられています。
これを聴くと、同じ人物の作品とは、いや、同じ時代の作品とは、とても思えない。
そして、この時代を押し進めたのも、他ならぬデュファイ自身です。
デュファイの中期の作品は、この「戦い」の記録でもあります。
そして、「アヴェ・レジナ・チェロールム」は、デュファイが最後に到達した、突き抜けた世界なのです。
デュファイの生涯は、(実はバッハよりも10年も長いのですが)
その始めから終わりまでが、新しい世界を開拓しようという、不断の戦いだったのではないか、とわたしは思います。
https://norap.seesaa.net/article/200611article_10.html
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ギヨーム・デュファイ - Wikipedia

ギヨーム・デュファイ(Guillaume du Fay、1397年8月5日 - 1474年11月27日)はルネサンス期のブルゴーニュ楽派の音楽家である。「ギヨーム・デュ・ファイ」(またはデュ・フェ、Guillaume Du Fay、Du Fayt) とも表記される。音楽の形式および精神の点で、中世西洋音楽からルネサンス音楽への転換を行なった音楽史上の巨匠である。
生涯
最近の説では、ブリュッセル近郊のベーアセル(Beersel)で1397年8月5日に生まれたと考えられている。1409年から1412年まで、少年合唱隊で教育を受け、才能を認められる。1414年、カンブレー近郊のSt.Géry(サンジェリー)教会で働きはじめる。1414年から18年までコンスタンツ公会議に同行し、1418年にカンブレに戻り副助祭となる。同年、イタリアのリミニ宮廷に移り本格的な作曲を始める。1424年に、カンブレに戻り、ラン大聖堂で副助祭であったと考えられている。1426年、イタリアのボローニャに移動し、1428年には司祭となる。その後、1433年までローマで教皇庁の歌手となる。1433年、サヴォワに移動し、ブルゴーニュ公やジル・バンショワと会う。1435年に再び教皇庁の歌手になるが、1436年サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(フィレンツェ大聖堂)の献堂式のために「ばらの花が咲く頃」という曲を作っている。1437年に再びサヴォワに移動し、ブルゴーニュ公に仕え、その後、サヴォアとカンブレの間を行き来する。
1459年、カンブレに戻り、オケゲム、ビュノワと親交を持つほか、ジョスカン・デ・プレらとも接触したと考えられる。1474年11月27日没。
作品と作風
百年戦争の休戦期にイングランドのジョン・ダンスタブルが伝えた3度や6度の協和音程、フランスのイソリズムを含むポリフォニー音楽、青年期に接触した旋律優位のイタリア音楽(トレチェント音楽)を統合し、イタリアで活躍したフランドル人チコーニアなどの影響を受け、ルネサンス音楽を開拓した。しばしば「ルネサンス音楽におけるバッハ」(皆川達夫)、15世紀最大の巨匠と評価される。バッハがバロック音楽時代の最盛期から終期に活躍したのに対し、デュファイはルネサンス音楽の開始にあたって大きな貢献をした。したがって、デュファイの初期から晩年までの作風の変化を追ってゆくと、中世的要素が、その後の創作活動を通じてルネサンス音楽へと成熟してゆく過程を跡付けることが、ある程度まで可能である。ブルゴーニュ楽派の中心的人物であるが、その後期の作品には、ルネサンス音楽の次の時代でありヨーロッパ普遍の音楽様式を確立するフランドル楽派に通じる要素も見られる。
宗教作品(76のモテット、9のミサ曲)と83の世俗作品(シャンソン、バラード、ロンドー)の約200曲の作品が知られている。デュファイ以前のミサ曲が三声だったのに対して、その中期の作品から四声を主に用いるようになった。更に、各楽章を同じ冒頭モチーフで始まるようにした。デュファイ後のミサ曲の多くは、循環ミサ曲の形態をとるが、この形態を確立したのはデュファイであるといってよい。フォーブルドンFauxbourdonと呼ばれる和音の手法を用いた聖歌にも特徴がある。シャンソンには、親しみやすいメロディーを持つものが多い。レクイエムも作曲したが、その作品は失われたままになっている。デュファイの音楽には、その音楽的形式だけでなく、ルネサンス的な「人間」を感じさせる表現があるのが特徴である。
作品一覧
ミサ曲
- ミサ「目を覚ましなさい」 (Missa Resvellies vous):3声のミサ曲。ミサ・シネ・ノミネとして知られる。Missa Sancti Jacobiとともに、1440年以前に作曲された中世的性格の強い初期の作品である。
- 聖ヤコブのミサ曲 (Missa Sancti Jacobi):3声と4声。
- ミサ「Missa Sancti Anthonii Vienensis」(デュファイの遺言書にある。トレント写本中にあるミサ曲であると言われている。)
- パドヴァの聖アントニウスのミサ曲 (Missa Sancti Anthonii de Padua):トレント写本中にあるミサ曲で、最近になってデュファイの作品と同定され、演奏や録音が行われるようになった美しいミサ曲である。
- ミサ「ス・ラ・ファス・エ・パル」(Missa Se la face ay pale):(私の顔が青ざめているのは)デュファイ自身の作曲によるシャンソン「Se la face ay pale」を定旋律にした4声の循環ミサ曲の代表作。世俗曲を定旋律にした循環ミサ曲としては、最古のもの。1450年頃、サヴォワのシャーロッテとフランスのドーフィン・ルイとの結婚式のために作曲されたと考えられる。
- ミサ「ロム・アルメ」(Missa L'homme arme):(武装した人)ルネサンス期に流行した俗謡「ロム・アルメ」を主題にした4声循環ミサ曲。
- ミサ「エッチェ・アンチルラ・ドミニ」(Missa Ecce ancilla domini):(見よ主のはしためを)深い雰囲気を持つ4声ミサ曲で、録音も多い。
- ミサ「アヴェ・レジーナ・チェロールム」(Missa Ave regina caelorum):(めでたし天の女王)デュファイ晩年の最高傑作のひとつといわれる4声ミサ曲。フランドル楽派に通じる要素が見られる。また、長調と短調の対立が見られ、近代音楽の様相さえみせる。
- なお、デュファイのものと言われていたミサ・カプト (Missa Caput) は、疑作と考えられている。
モテット
- おお、聖セバスティアヌスよ (O sancte Sebastiane)
- ばらの花が先頃 (Nuper rosarum flores)(グレゴリオ聖歌「ここは畏れ多きところ」を定旋律にしたモテット)
- 忠実な教会の都ローマ (Ecclesiae militantis)
- 喜べ、ビザンツ帝国の妃 (Vasilissa ergo gaude)
- おお輝きわたる宝石 (O gemma, lux et speculum)
- 誉れある使徒に (Apostolo glorioso, Da electo)
- 人にとって最もよきもの (Supremum est mortalibus bonum)
- めでたし、トスカナ人の花 (Salve flos Tusce gentis)
- 度量ある人々の称賛を (Magnanime gentis laudes)
- 神の教会の輝ける星 (Fulgens iubar eccelesie Dei)
- キリストと共にあるヨハネ (Moribus et genere Christo coniuncte Johannes)
- 讃えられん、天にいます乙女よ (Ave Virgo quae de caelis)
- 花の中の花 (Flos florum)
- この喜ばしき世界は (Hic iocundus sumit mundus)
- 知られたる海の星 (Inclita stella maris)
- このフィレンツェの町は (Mirandas parit hec urbs florentina)
- バルサムと上品なる蝋が (Balsamus et munda cera/Isti sunt agni novelli)
- おお、祝福されしセバスティアヌスよ (O beate Sebastiane)
- おお、イスパニアの後裔/おお、イスパニアの星 (O proles Yspanie/O sidus Yspanie)
世俗作品
- さようならわが恋よ、さようならわが歓びよ (Adieu m'amour, adieu ma joye)
- 年を迎えたこの日 (Ce jour de l'an)
- よい日、よい月、よい年、そして何かよいこと (Bon Jour, bon mois, bon an et bonne ectraine)
- 月は5月、いざ楽しもう、心も軽く (Ce moys de may soyons lies et joyeux)
- さあ、友だちよ、目を覚まそうよ (He, compaignons, resvelons nous)
- 私の顔が青ざめているのは (Se la face ay pale)
- コンスタンチノープル教会の聖母の嘆き (Lamentatio Sanctae Matris Ecclesiae Constantinopolitanae)
- 黄金のように美しく気高い聖母マリアよ (Dona gentile, bella come l'oro)
- さらばラノワのよき酒 (Adieu ces bons vin de Lannoys)
- 美しい人よどんな過ちを犯したのか、この私が (Belle, que vous ay ie mesfait)
- 心を込めて、お仕えせねばなりませぬ (Bien doy servir de volente entiere)
- 早くやっておいで、恋の喜びよ (Bien veignes vous, amoureuse liesse)
- 私はもうかつての私ではない (Je ne suy plus tel que souloye)
- あなたほどのお人を私はまだ見たこともない (Je ne vis onques la pareille)
デュファイの世俗作品は宗教曲に比べ、顧みられることが少ないがロンドン中世アンサンブルの世俗音楽全集によって一躍有名になった。このアルバムはデュファイの音楽の全体像を知る上でも、画期的な記念碑であった。
フランドル楽派は、15世紀後半から16世紀、フランドルを中心に活躍したルネサンス音楽を代表する作曲家達である。15世紀中頃にルネサンス音楽を開拓したブルゴーニュ楽派と合わせて、かつてはネーデルランド楽派と呼ばれていた。
15世紀のデュファイに始まるブルゴーニュ楽派を引き継ぎ、16世紀中期になるとフランドルだけでなくイタリアを始めヨーロッパ全体で支配的な地位を占めるようになった。つまり、フランドル楽派の様式は、ヨーロッパ全体に普遍的な様式となり、それが次のバロック音楽を準備した。ヨハネス・オケゲム(1430頃 - 1495)、ヤーコプ・オブレヒト(1450頃 - 1505)、ジョスカン・デ・プレ(1455頃 - 1521)、ハインリヒ・イザーク(1450頃 - 1517)、ピエール・ド・ラ=リュー(1460頃 - 1518)がフランドルを中心に活躍した。後期になると、ニコラ・ゴンベール(1495頃 - 1560)、クレメンス・ノン・パパ(1510頃 - 1556)、アドリアン・ヴィラールト(1480頃 - 1562)、ジャック・アルカデルト(1514頃 - 1562)、チプリアーノ・デ・ローレ(1516 - 1565)、オルランド・ディ・ラッソ(1532頃 - 1594)らが活躍した。フランドル生まれのアドリアン・ヴィラールトは、イタリアでヴェネツィア楽派を創立し、17世紀になってバロック音楽を開拓したモンテヴェルディにつながる。
その音楽技法は、それぞれの声部が対等の価値をもちお互いに旋律要素を模倣しあいながら展開していく通模倣様式が用いられた。和声では、デュファイらのブルゴーニュ楽派が3声での書法が中心だったが、フランドル楽派は4声のポリフォニーによる楽曲を作った。ミサ、モテット、シャンソンが主な作品であるが、とりわけオケゲム、ジョスカン・デ・プレ、ラッソによるミサ曲はこの時代を代表する音楽作品となっている。15世紀は厳格なカノン的書法が優勢だが、16世紀にはこの傾向は廃れて、自由な模倣形式へと進化した。
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777投稿集
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777 音楽、映画、美術、文学関係 youtube リンクまとめ
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ルネッサンス音楽名曲集
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バロック音楽名曲集
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