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777 音楽、映画、美術、文学関係 youtube リンクまとめ
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横溝正史原作の映画・テレビドラマ
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監督 篠田正浩
脚本 清水邦夫
原作 横溝正史
音楽 湯浅譲二
主題歌 ビートルズ「レット・イット・ビー(Let It Be)」
撮影 宮川一夫
配給 東映洋画/日本ヘラルド
公開 1981年10月3日
動画
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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E9%9C%8A%E5%B3%B6
『悪霊島』(あくりょうとう)は、横溝正史の長編推理小説。「金田一耕助シリーズ」の一つ。『野性時代』に1979年新年号から1980年まで15回連載された[1]。
1980年「週刊文春ミステリーベスト10」7位。
本作を原作として、2014年3月までに映画1本、テレビドラマ2作品が制作されている。
1981年10月3日に公開された。角川映画、監督は篠田正浩。
公開時の『バラエティ』に「横溝正史原作の19本目の映画化作品」と書かれている[1]。原作発表から直ちに映像化された作品。原作発表の年に発生したジョン・レノン暗殺のニュースを本編に折り込むという方針から、物語のキーマン・三津木五郎が、1980年の現在から本編で描かれた刑部島事件のあった約10年前の1969年(原作の設定より2年遅い)を回想するという形式に変更されている。
挿入歌にビートルズの「レット・イット・ビー(Let It Be)」、同じく「ゲット・バック(Get Back)」を使用し、作品に強い印象を残していた[注 4]。制作会社の角川によればビートルズの曲が使用された初めての映画とされている[1]が、当時すでに『抱きしめたい』などの前例があった。 使用料は2曲で2,040万円[1][注 5]。映画全体の時代背景に是非必要と長期交渉の末承諾を得た[1]。1980年代のTV放送時と東芝EMIから発売されたビデオソフトは公開当時のオリジナル版だったが、後年これら楽曲の使用権が切れたためTV放映・ソフト発売がされず、長らく幻の作品となっていた。2004年にようやくDVDが発売されたものの楽曲部分は別歌手によるカバー版に変更されており、近年のCS等でのテレビ放映においてもその変更版が放映されている。
公開時キャッチコピーは「鵺の鳴く夜は恐ろしい…」[注 6]。
原作では岡山県にあるとされている刑部島が広島県となっており、原作の下津井吹上に相当する本土側の港は「竹田」、真帆と片帆の姉妹が預けられている倉敷と玉島の兼務神社は尾道と広島で、磯川警部の所属も広島県警に変更されている。このため旅の者である金田一(鹿賀丈史)、三津木(古尾谷雅人)と、アメリカ帰り設定の越智竜平(伊丹十三)以外は、全員広島弁を喋る。関連して、巴には双子の姉・ふぶきがあり、巴とは別れて広島近郊で育てられていたのを戦後に引き取ったことになっているが、実際には原爆で死亡したと推定されることが終盤で明らかになる。巴が一見すると神々しいが実は性的に無軌道という二面性は原作通りだが、恋人と引き裂かれたショックで発症した二重人格という形でそれを明確化しており、無軌道な方の人格を表向きはふぶきということにしたという設定になっている。
妹尾兄弟は初来島ではなく何度か刑部島に来ていて、火事の直前にも父・松若の痕跡を求めて拝殿付近を探っていたところ、巴の犯行を目撃して事後共犯となった直後の三津木に遭遇し、双方が供述を躊躇する。また、誠が片帆と恋仲になっており、現場を目撃した巴が嫉妬でふぶきの人格になり片帆を殺害した。片帆が島を抜け出す具体的な計画を立てていた設定は無い。なお、松若の失踪は19年前ではなく5年前であり、誠が幼時の記憶で「千畳敷」という地名を覚えていた設定は無い。
刑部大膳が事件に積極的に関与していた設定に変更されている。三津木と荒木に目撃された蓑笠の人物は大膳で、片帆の遺体を隠亡谷へ移動させた。警察が三津木の証言で守衛殺害犯をふぶきと判断し連行しようとした際には、吉太郎にふぶきの扮装をさせて断崖から転落死したように装った。しかし、その後も巴にふぶきの人格が現れてしまい、その現場を真帆に目撃されて扼殺しようとする。その直後、鵼の鳴き声で竜平が巴を呼び出し連れ去る。金田一は真帆の手当てを磯川に任せて大膳の足跡を追い、紅蓮洞に行き着く。巴と竜平も紅蓮洞に至り、吉太郎も追ってくる(神楽太夫たちや真帆は来ない)。吉太郎が太郎丸と次郎丸の死骸を撃ったことから状況は急展開し、巴は奈落に転落して行方不明となり、暗闇の中で金田一と誤って吉太郎を刺した大膳は吉太郎の銃で自殺する。
結末の詳細やそれに関わる経緯が以上のように大幅に変更されている他は概ね原作通りの流れであるが、簡略化が目的と思われる以下のような変更が多々ある。
- 青木修三の身元は指輪の印鑑ではなく背広のネームで判明する。ダイイングメッセージに「蟹」に関する文言は無い。
- 船の乗客の1人が本土で青木修三に遭遇していた設定は無い。
- 「浅井はる」は戦後の変名ではない。磯川は殺害の10日ほど前に手紙を受け取っていて、出張中だったため1週間後に読んでいた。第1発見者ではなく、事件を聞いて自ら現場へ出向いた。
- 明治26年以前のみの賽銭は登場しない。
- 金田一が一旦東京へ帰って竜平に会った設定や、その前日に守衛が東京に来ていた設定は無い。
- 金田一は大膳の案内ではなく自主的に漁船を雇って島の南側を見て回る。洞窟内には入らない。
- どう猛な一匹の土佐犬ではなく多数の野犬の群れが登場する。
- 三津木が尺八を嗜み、神社で琴と合奏する設定は無い。
- 荒木定吉は薬行商人の息子ではあるが、自身は昆虫採集と称して来島している。鵼に関することは父親の最後の手紙に明記されていた。
- 淡路の人形遣いも失踪していた設定は無い。
- 三津木の実の親が何者であるかは結局判明しない。
- キャスト
- 製作
角川春樹は金田一ものはこれで最後という意気込みで[1]、金田一ミステリの集大成、最高作に仕上げたいという思いから、最高のスタッフ、キャストを組んだと自負した[1]。初のスリラーを演出する篠田正浩は「原作者が推理ドラマの背後に描いている日本の風土を映像を通じて描破した。風土がもたらす犯罪を扱いつつ、日本の近代なるものを問い返す試みだ」[1]、撮影の宮川一夫は「オーソドックスな私としてはかなり実験を交え、思い切った色彩効果を狙ってみた。スリラーを色彩心理を通して描いてみたらどうなるかを試みた」と話した[1]。当時は"金田一耕助もの"が映画にテレビに乱立状態にあったため[1]、金田一耕助役には、ごく近年の時代設定の中の金田一、推理を楽しむ探偵プラス和製ヒッピーといったキャラクターを重ね合わせたいと狙い、それまでの金田一とはひと味もふた味も違う探偵を創ろうと鹿賀丈史が起用された[1]。同様に名物キャラクター・磯川警部役は、それまでの滑稽さを崩す警部像を出そうとキャスティングに難航したが[1]、室田日出男が起用された。1981年4月20日東京丸の内の東京會舘で製作会見が行われた[1]。
ロケハンに数か月かけ[1]、重要な舞台となる神社は20か所以上を調査した[1]。合計1都1府8県で撮影[7]。1981年5月27日クランクイン[1]。刑部島設定の撮影は、断崖と丘は島根県隠岐諸島西ノ島の摩天崖[注 7]、本州側から渡る港は岡山県笠岡港[注 8]、島側の港は広島県呉市大崎下島の御手洗と[注 9]、港辺りの風景は広島県大崎上島木江町[1]、岡山県倉敷市水島[1]、下津井[1][注 10]、牛窓[1]などを組み合わせたもの[1]。洞窟は岡山県新見市の満奇洞と[注 11]、山口県美祢市景清洞[注 12]。刑部神社は京都府福知山市の元伊勢神宮をメインに[7][注 13]、京都大江山[8]、その周辺の森は京都下鴨神社糺の森など[注 14]、いくつかの場所を組み合せた[1]。社務所は東宝撮影所最大のNO.8スタジオに建設された[1]。産婆の浅井はる(原泉)が住む場所は広島県の竹原市美観地区[注 15]。この他、広島平和記念公園[注 16]、奈良県奈良市[1]、四国(場所不明)でも撮影された[1]。冒頭は新宿副都心。
三津木五郎に扮する古尾谷雅人は、当時病み上がりで[1]、古尾谷がキセルするシーンで、線路上で転び、グニャと変な音がして、スタッフ一同棒立ち、撮影延期かと真っ青になったが大事には至らなかった[1]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E9%9C%8A%E5%B3%B6